無戸籍問題について思うこと
プロローグ
ここにきて、2月1日に国の法制審議会民法(親子法制)部会での、民法(親子法制)等の改正に関する要綱案(案)の採択、2月4日に熊本市の慈恵病院で国内初の内密出産事例の発生など、子をめぐる問題がクローズアップされています。「嫡出推定制度」と「内密出産制度」を同一視して議論するのはどうかといわれるかもしれませんが、どちらも大きな意味で子の「無戸籍問題」ととらえています。もちろんそこでの価値判断の基準は、何が子の幸せにつながるのかということは忘れてはいけないと思うのです。
現状と見解
ことに、法制審議会での「嫡出推定」の見直し案については未だ不十分とする見方も多く、DV被害を受けた女性の支援にあたっている弁護士などからは、「嫡出推定」自体を無くすべきだという声も上がっているようです。「嫡出推定」というのは、結婚を基準に子どもの父親を定めるルールです。それを、DNA鑑定のない明治時代につくられたルールだというだけでそれを否定する最終的な根拠にするのは返って危険と私は考えます。生物学的な父だけが子どもを幸せにできるとは思えません。少し意地悪な見方をするなら、DNA鑑定がどうあれ、母親の意思によってのみ男性の与り知らぬところで父子関係が決ってしまうということもあり得ることになります。それは結果として子どもの法的地位が安定しないばかりか、幸せにもつながらないと思うのです。DV被害者にとっては、強い不安や恐怖を感じる(元)夫と何らかの関わりをもたないと嫡出否認の手続が利用できない今回の見直し案では救われないという意見があり、私も見直し案に何らかの見直しは必要と考えますが、だからといって「嫡出推定」という基本ルールを崩してしまっていいという意見には賛成できません。「婚姻」という概念が様変わりした現代においても、親子関係を早く安定させて父親(生物学的とは限らない)の保護を受けさせるということ(養ってもらうということではなく、養育責任者を決めるということ)に一定の意味があると考えます。もっとも、婚姻制度に全く意義を認めない家族観をとった場合には、改正(廃止)の対象は婚姻という制度そのものになりますが…。
そして「内密出産」を巡っては、そもそも子を産むことに幸せを感じられない妊婦や産まれてくることが望まれていない子が存在してよいのかという議論が先にあって、法整備が急務でありながら全く進んでいないようです。生殖補助医療をもって子を待ち望むカップルもいれば、こういう子も現実に存在する。今回の慈恵病院のケースでは、何とか女性を説得して出産後ではありましたが「匿名出産」から「内密出産」という形に移行できたらしいのですが、それはそれで子が出自を知る権利が完全に担保されているとはいえないし、それを国が単に制度上で担保しただけで果たして子の幸せにつながるかは甚だ疑問です。ですが、少なくとも父母欄を空けたこの子の出生届が受理され、また無戸籍にならないようにしなければなりません。
ドイツの家族法
現行の日本の家族法のルーツは、ドイツの家族法といわれますが、現行のドイツ家族法はどのようになっているのでしょうか。
ドイツの「嫡出推定制度」は、妊娠中の婚姻禁止及び離婚後の待機期間(再婚禁止期間)も既に廃止されていることなどがあって日本とそのまま比較はできないのですが、母子関係については、出産した女性が母である(生物学的ではない)と規定され(第1591条)、父子関係については、①出生時点での子の母との婚姻関係、②父子関係の認知、③裁判による父子関係の確定の3つの要件のいずれかを満たす男性が父であるとされていること(第1592条)から、制度としてしっかり残っています。ただし、父子関係の否認を行う権利は、母との婚姻関係又は認知により父子関係が存在する男性(父)、母、子に加えて、一定の要件の下、出生した子の受胎時期に母と性交したことを保証する男性に認められていますが(第1600条)、父子関係を裁判によって否認することができる期間は2年間と規定され、この期間の起算は、否認の権利を有する者が父子関係の反証となる事情を認識した時点から始まる(第1600b条)ことになっています。
出典:国立国会図書館 調査及び立法考査局専門調査員 海外立法情報調査室主任 泉眞樹子『ドイツ民法典における家族法―親子関係の変化を中心に―』,国立国会図書館調査及び立法考査局,2020年9月,31ページ
ドイツの「内密出産制度」は、苦境に置かれている妊婦の支援と妊娠相談の強化・拡充を図ることと、子どもの出自を知る権利及び妊娠と出産を隠さざるを得ない状況に置かれている妊婦双方の利益を両立させることを目的に、内密出産法として2014年5月に施行されました。これは、匿名を希望する女性に対する新たな選択肢を公的制度として設け、妊娠と出産のことを周囲に対して守秘し困難な状況にある妊婦に対し、必要な医療的手当を与え、出産後に子どもを養子に出すことを可能とするものでした。この内密出産法に基づき、妊娠葛藤相談法・民法・身分登録法・国籍法等の6つの関係法律および住居届出法施行令が改正されています。
エピローグ
ドイツの例しか見ていませんが、ここで重要なのは問題解決にあたって、単に妊婦の救済だけではなく子の幸せや人権をしっかりと価値判断のテーブルに乗せ、それを国家として保障するという考え方です。どうかこの基本的なスタンスだけは守ってほしいと願うばかりです。