任意後見契約と信託契約について
問題提起
ご自身の老後について考えるとき、認知症を発症したり寝たきりになるなど、ご自身で財産の管理ができなったときにどうしたらいいのか、というご不安を抱えていらっしゃるのではないでしょうか。そのような中で、任意後見契約と信託契約(家族信託)という二つの言葉を一度は聞かれたことがあろうかと思います。共に委託者本人の意思に基づく財産管理を目的としている点でかわりはありません。ですが、その内容までご存じの方は案外少ないのではないでしょうか。本日はその区別を6つのポイントをもって説明していきたいと思います。
ポイント1:目的
任意後見契約…財産管理と身上保護が可能です。
信託契約…財産管理のみが可能です。
財産管理とは、例えば次のようなことをいいます。
- 権利証や通帳などの保管
- 遺産相続などの手続き
- 収入(年金、給与、預貯金、生命保険など)の管理
- 支出(生活費、公共料金、税金、保険料など)の管理
- 銀行や郵便局などの金融機関との取引
- 不動産など重要な財産の管理、保存、処分など
身上保護とは、例えば次のようなことをいいます。
- 借家の契約や家賃の支払いなど
- 医療機関の受診、治療、入院などの契約、その費用の支払いなど
- 老人ホームなどの施設の入居契約、入隊所の手続きや費用の支払いなど
- 介護保険の利用や介護サービスの契約、費用の支払い、生活の見守りなど
ただし、身上保護といっても次のようなことは含まれません。
- 毎日の買い物や身体介護
- 賃貸契約の保証や入院、施設入所の際の身元保証、身元引受
- 治療や手術、臓器提供などについての同意
- 遺言や養子縁組、認知、結婚、離婚などの意思表示
ポイント2:管理対象財産の範囲
任意後見契約…包括的な代理権があるといわれています。
信託契約…範囲を特定することができますが、借金などの消極財産や譲渡制限のある農地や年金受給権は含まれません。
ポイント3:自宅や収益不動産の売買や修繕などの資産の積極的活用
任意後見契約…できないか、極めて困難
信託契約…可能
ポイント1・2・3でわかるように、任意後見契約は、主な目的が身上保護であって、信託契約は主な目的が資産活用、柔軟な財産管理ができる点にあるといっていいでしょう。
ポイント4:効力発生時期
任意後見契約…認知症などで委任者の意思能力が不十分になり、申立人がそれを自主的に家庭裁判所に申し出て、任意後見監督人の選任の審判が出されてから
信託契約…契約締結時
申立人とは、次の者をいいます。
- 本人
- 配偶者
- 四親等内の親族
- 任意後見受任者
任意後見契約にとって、この「自主的」というのが案外肝であって、申し立てないといつまでたっても始まらないことになります。
ポイント5:財産の承継方法としての利用
任意後見契約…不可能
信託契約…可能
つまり、信託契約は遺言の機能(自分の死後の財産の承継者指定)を備えています【遺言代用型信託】。しかも、遺言では不可能な孫の代の承継まで事実上指定することができます【後継ぎ遺贈型受益者連続信託】。
ポイント6:受任者・受託者に専門職を置くことの可否
任意後見契約…可能
信託契約…内閣総理大臣の免許が必要
つまり、信託契約の受託者には行政書士等の専門職がなることはできないため、受託者は必然的に「家族」になります。(このため、民事信託や家族信託ともいわれます。)もっとも、専門職が信託契約書作成に携わることは可能ですし、受託者を監督する信託監督人や受益者代理人となることも可能です。
まとめ
以上で大まかなことがお分かりいただけたと思います。最後に、1つだけいっておきたいことがあります。それは、この二つの制度はどちらか一方を選択するものではないということです。近くに家族がいる人て、その家族が事実上、身上保護の契約を本人に代わってやってくれるのであれば、信託契約だけで不都合はないでしょうが、近くに家族がいない人は、信託契約だけでは身上保護の点がカバーできなくなるので任意後見契約が必要でしょうし、逆に、収益不動産の管理や事業の後継者などに頭を悩ませておられる方には、孫の代までも指定できる信託契約だけで事足りるでしょう。つまり、ケースによっては二つの制度を組み合わせることもありなのです。