おひとりさまが老後の備えを考える場合
事例
夫亡き後、一人暮らしをしているA子さん。子がなく、夫には5年前に先立たれている。兄弟はおらず、両親は他界しているので、推定相続人はない。夫の姉の子らとの親交はあるものの、年老いていく自分のことで煩わせたくないと考えている。A子さんは健康状態もよく、また預貯金もあり当面の日常生活には心配はない。このようなケースとしてはどのような備えが考えられるでしょうか?
死後事務委任契約
すぐに思い立つのは、死後事務委任契約ではないでしょうか。その名前が当たり前に出てくるような時代になりました。死後事務委任契約とは、委任者(本人)が第三者(個人、法人を含む。)に対して、亡くなった後の諸手続き、葬儀、納骨、埋葬に関する事務等に関する代理権を付与して、死後事務を委任する契約をいいます。具体的な事務としては、『①事務の性質上、早期に処理しなければならない事項(公共料金、家賃・地代、医療費・入院費、福祉施設利用料の支払、葬儀、賃借建物明渡し、年金・国民健康保険・介護保険手続きの停止、不要な生活用品の廃棄、電気・ガス・水道・電話の停止、入院保証金・施設入居一時金の受領など)②事務の処理にある程度時間をかけてもよい事項(埋葬・墓石建立、菩提寺の選定、永代供養、相続財産管理人の選任申立てなど)』があります。といっても何でもできるわけではなく、あくまで相続人の権利や遺言の制度と抵触しない範囲内に限られます。自分が亡くなった後の葬儀場での手続きや役所の手続をあらかじめ依頼しておくというのが死後事務委任契約の真の目的であって、財産の分配方法をあらかじめ指定しておく遺言とは主旨が違うからです。それと、間違いやすいのですが、いくら役所の手続でも死亡届の提出のような身分に関係することは死後事務委任ではできないことも知っておいてください。もっとも、完全に身寄りのない方の場合は、あとでお話しする任意後見人又は任意後見受任者であれば死亡届の提出できます。
では、死後事務委任契約だけで本当に大丈夫でしょうか?
任意後見契約
推定相続人が全くいないというのであれば別ですが、私はノーだと思います。
委任者の死亡後に突如として現れる第三者に、委任者の周辺の方々はどのように感じるでしょうか。疎遠であった親族、自宅や施設の管理人等とうまくやっていけるでしょうか。委任者が生存している間から共に関わっていくなど関係を構築する必要があるのではないでしょうか。そうなれば、前述のことも含めて少なくとも同時に任意後見契約を結んでおく必要があると考えます。
任意後見契約とは、委任者(本人)が、受任者に対し、将来認知症などで自分の判断能力が低下した場合に、自分の後見人になってもらうことを委任する契約ですが、このケースではひとまず、財産管理契約を伴わない将来型の任意後見契約が望ましいと考えます。将来型の任意後見契約とは、現時点では判断能力が衰えておらず、将来、判断能力が低下した場合に備えて任意後見契約をするもので、身上監護(生活または療養看護)だけを行うことを内容とする委任契約です。財産管理契約を除いておくのは、その有利な立場を利用して受任者が委任者の判断能力が低下しているにもかかわらず、あえて任意後見契約を発効させずに財産処分をするなど、権利を濫用するのではないかと他人に誤解される恐れがあること、そして任意後見契約発効後においても財産管理には関わらないことを明確にしておくためです。
ここで、あらためて身上監護をご説明しておきます。『身上監護とは、委任者の生活や健康、療養の世話をすることです。世話をするといっても、自らが車いすを押したり本人の入浴介助をしたりするといった実際の事実行為を指すのではありません。そうした行為が必要か否か、必要な場合はどこの誰に任せるかなどを判断し、契約や費用の支払いを本人に代わって行うこと』をいいます。これらのことを任意後見契約で信頼する第三者に委任するわけです。
最後に
「親族がいない、いたとしても頼ることができない」方々は、今後ますます増えていくことが予想されます。しかしながら、厚生労働省の調べによると、令和3年12月末現在の任意後見制度の利用者数は全国でも2,663件とほんのわずかです。死後事務を含めた任意後見制度はもっと活用されるべきではないでしょうか。